宮部みゆきさんの小説に『チヨ子』(光文社文庫)という短編があります。
アルバイトで着用した着ぐるみのウサギを通して見える人間を描いた作品です。
読んでいるうちに、安部公房氏の『箱男』(新潮社)を思い出しました。
箱の中から社会を見るという小説で、『チヨ子』とは作品の設定やテーマはまったく違いますが、そのままの自分ではなく、何か別のものを通して世の中を眺めるという着想は、同じです。
いわゆるミステリードラマで事件を解決に導く主人公は、誰もが見過ごすようなところや細かい点に着眼しています。
山に登って下界を眺めて、自分が小さなことで悩んでいることに気がつくという経験をされたことがある方は、少なくないと思います。
企業では、
「問題を解決するためには、視点を変えなければならない……」
てなことを大真面目におっしゃっているようですが、そんなに大げさに考える必要はないかと思います。
あるいは、
「自分を変えたい……」
てなときにも、ちょっと視点を変えるだけで、案外、違う自分が発見できるのではないかと思います。
さすがにミステリアスな事件に遭遇することはめったにありませんし、視点を変えるために忙しい時間を割いて山に登るのも大変です。
手っ取り早いのは、『チヨ子』のような着ぐるみや『箱男』のような段ボール箱をかぶることでしょうか……
ちなみに、学生時代に私もアルバイトでクマの着ぐるみに入ったことがありました。
「先輩、いいアルバイトがあります。どうですか」
と誘われて、後輩らとぬいぐるみショーに出たところ、金太郎に転がされるクマをやらされ、どういうわけか桃太郎のイヌやサルやキジや浦島太郎のカメや乙姫様にまで蹴られて散々な目に遭いました。
視点は変わりませんでしたが、人間を見る目が変わりました……