お題をいただきました。
《しりもち》《勘違い》《虎》
夫「借金も全部返して、これでなんとか、歳、越せるな」
妻「けど、お餅もおせちも、な〜んの支度もできてへんやないの」
夫「あのな、隣の留、今年は名古屋から江戸に商いに行く言うて春先に出て行ったまま、この年の瀬に、まだ帰ってないんやで。お花さん、かわいそうに一人で年越しや。それを思うたら、こないして家族三人、無事に歳を越せるなんて、ありがたいことやないか」
妻「けど、お向かいの作さん、今年は一斗ほど餅、突いた言うてたし、お咲さん、女一人やけど、五升のお餅、突いたんやて……」
夫「お前、そんなに餅が突きたいんか。よし、わかった。そしたら、お前、その板の間に俯せに寝て、けつ、まくれ」
妻「(恥ずかしげに)ちょっと、あんた、そんなことしたら、虎やん、起きるやないの」
夫「しゃあないやろ、近所に聴かせるんやから……」
妻「いやあ、そんなん恥ずかしいわ……ええのん、声、出して……久しぶりに……」
夫「お前、なんか勘違いしてへんか。そこでお前の尻、叩いて、餅を突いてるような音を近所に聴かせるんやで」
妻「ああ……そら……そんなん、わかってますけど、あんた、それやったら、まるで落語の『しりもち』やないの。そんなん、いやや」
夫「そうかと言うて、今さら金の入ってくる当てもないやろ」
妻「そら、そうやけど」
夫「わしらにはな、金より大事な虎がいてるやないか。見てみぃ、あどけない寝顔やないか。わしら、年、いってから授かった子や。虎と名付けたとおり、わしらにはこいつがほんまの虎の子や……」
(ぼーん)
夫「お、除夜の鐘やな」
(ぼーん)
夫「除夜の鐘、言うたら、煩悩を拭い去るもんや。わしらも煩悩を捨て去ろうやないか……(隣の物音に耳を澄ますように)ああ、隣の留も、やっと帰って来たようや」
(ぼーん)
妻「ああ、留さん、今年のうちに帰って来て、よかったやないの。(耳を澄まして)……あれ、なんや、ちゃりんちゃりんって……あれ、小判の音やないの」
(ぼーん)
夫「ああ、留の奴、稼いで来たんやな」
妻「なあ、あんた」
夫「なんや」
妻「他にないの」
夫「何が」
妻「虎の子」
(ぼーん)
デンデン