お題は、『ミシン』『丹波栗』『萩』でした。
夫・今、返ったぞ。
妻・どなた?
夫・どなたって、十日ぶりに帰ってきた亭主を見忘れたんか。
妻・はあはあ、そういうたら、十日ほど前に、そないな人がおりました。
夫・そないな人て、お前な……
妻・どうせ、もてもせえへんのに、女のとこ、あちこち回ってたんやろ。
夫・それも男の甲斐性や。四の五の言うな!
妻・大きな声を出しな。とにかくうちらへ入んなはれ。ご近所の手前もありますやろ。
夫・最初から、素直に中に入れたらええやろ。(家に入って)……おい、腹、減った。何ぞ、食うもんあるか。
妻・そんなもん…… ああ、そう言うたら、今日、甚平さんからいただいた、〝丹波栗〟があるさかい、これ、食べ。
夫・何や。〝丹波栗〟か…… おい、酒、ないんか。
妻・お酒なんか、うちにあるわけないやろ。
夫・ほな、酒、買うてこい。
妻・そんなお金、どこにあるの。わたしが内職の仕立物で、ようよう食べてるんやで。
夫・なんぞ、売って、金、作ったらええやろ。
妻・売るようなもん、どこにあるの?
夫・あれ、新しい〝ミシン〟があそこにあるやないか。あれ、売ったらええがな。
妻・あほなこと言いな。あれは甚平さんがお金を貸してくれて、それで買うたミシンや。あるとき払いの催促なし。甚平さん、利子もいらん言うて。
夫・ははあ、甚平、お前に気ィがあるんちゃうか。
妻・あほなこと言いな。甚平はん、八十六やで。
夫・そんなもん、関係ない。男はいくつになってもスケベな生き物や。
妻・もう、しょうもないこと言うてな。あのミシンのおかげで、仕立て物の注文も増えて、助かってるんやで。
夫・ふーん。そしたら、ミシンのそばにある、あの着物、売れそうやないか。
妻・あほ。注文された仕立てもんや。(それを手にして)はら、〝萩〟の柄の着物や。
夫・そしたら、その下にあるのは何や。
妻・(それも手にして)これは稲穂や。実るほどに頭の垂れる稲穂かな、言うさかいな、あんたもちょっとは頭が下がったらええのにな。
夫・あほ言え。どんだけ頭を垂れても、わいらが食うてまう米やないか。……その下は…… それ、かかしか。また不細工な柄やな。誰の注文や。
妻・伝楽亭のかかしさん。高座で着るんやて。
夫・何? かかし? かかし言うたら、一人者やないか。……ははあ、かかしの奴、お前に気ィがあるんちゃうか。
妻・(しなを作って)そんなあほなこと、あるはずないやろ。
夫・ほんまに油断できんな。……ほんで、その下にあんのも仕立て物か?
妻・(それも手にして)ああ、これ、表通りの伊勢屋の女将さんに頼まれた、秋桜の柄の着物や。伊勢屋の娘さん、こんど、嫁ぐことになって、伊勢屋の女将さん、さだまさしさんがこしらえて山口百恵さんが歌てた『秋桜』、嫁ぐ娘が母親を思う歌やねんけど、女将さん、カラオケでいつも歌うぐらい好きやさかいに、秋桜の着物、頼まれたんや。
夫・何や、仕立て物の注文がそないに増えてるんやったら、酒、買うぐらの金はあるやろ。酒、買うてこい。
妻・あんた、わからへんの?
夫・何や?
妻・甚平さんの〝丹波栗〟に〝萩〟の柄の着物、稲穂、かかし、秋桜……
夫・それがどないしたんや。
妻・秋〈飽き〉が来たんよ。
デンデン