どうぞ都々逸あなたと都々逸いくつも都々逸いつまでも……

五七調を基本にした俳句に川柳、あるいは短歌の公募は数々あれど、なぜか都々逸が後れを取っているように感じているのは、アタクシだけでございましょうか……

 

幕末、かの奇兵隊高杉晋作さんが作ったとされる、

「三千世界の烏を殺し主と朝寝がしてみたい」

てな感じの、七七七五のリズムで作るのが都々逸で、どなたの作かは存じませんが、

「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」

てな、ちょいと粋で婀娜な感じが醸し出されるところが魅力だとアタシは思っております。

でも、これが俳句や川柳、短歌ほど公募に使われない、つまり、世の中に出回っていないという印象を受けるのは、三味線の音が伴わないからではないかとも思います。

 

「チトンシャン? 恋に〜焦がぁれて〜?」

と、三味線を爪弾きながら唄うところに風情があって、そこに俳句や川柳、短歌と違う婀娜っぽさが生まれるわけですから、そういう意味では、どこかの企業の宣伝のための、もしくは何かの啓発を目的とした俳句や川柳ほど、たやすく公募できるものではないのかもしれません。

 

ということは、逆に、この都々逸を公募に使うと、他とは違う何かが生まれる可能性もある、ということにもなるのではないかと思います。

ただ、そうなると、その、婀娜なところが失われるかもしれない、なんてこともちらりと脳裏をかすめながら、そろそろつけなければならないブログのオチを都々逸にしないわけにはまいりません。

 

チトンシャン? 

「うまく〜噺はぁ〜落とせるけれど〜、女心がぁ〜(はあ)落とせない〜」

                                  デンデン

(デンデンって、やっぱり、落語か!)