日本人は、お日様よりもお月様のほうに心を寄せているように思います。
たとえば、明治以前、文明が開花するまでは、日本人は月の動きによる太陰暦を採用していました。
あるいは、満ちては欠ける月の姿に、上弦、下弦、三日月、仲秋、十六夜、十三夜など、さまざまな名称を与えて愛でるばかりでなく、たとえば、かの小林一茶宗匠は、
『名月をとってくれろと泣く子かな』
という名句を残され、加賀の千代女宗匠は、
『月も見て我はこの世をかしく哉』
と、辞世の句を詠んでいらっしゃいます。
昔話、落語には、
お日様とお月様と雷様が旅に出て、とある旅籠に泊まりましたが、翌朝、お日様とお月様が出立した後に目覚めた雷様が、
「月日の経つのは早いものだ」
と言ったという話や、
宿泊先の主人に月が三円の心付けを渡したので、
「月が三円も出してくれたなら、お日様はもっと出してくれるだろう」
と期待した主人に、お日様は十銭しかくれませんでした。
宿屋の主人が不平を述べると、
「月に三円、日に十銭」
てな、賃金を掛けた話なんかがございます。
今夜は仲秋。
昔、月を愛でながら、意中の女性にこんな話のいくつかを語っては笑わせ、ちょっぴり教養のあるところをなんかも見せながら、ロマンティックは雰囲気が演出できたと思い定めて、
「僕たちの月も満ちてきたようだね」
と、さりげなく口説いたところ、
「すぐに欠けてくるわよ」