俳句と三題噺の二物衝突

俳句の発想法には、『一物仕立て』と『二物衝突』、いわゆる取り合わせという、二つの方法があるそうです。

 

『一物仕立て』というのは、一つのものに焦点を合わせて句作に及ぶ手法で、たとえば、高浜虚子師の、

《桐一葉日当りながら落ちにけり》

や、飯田蛇笏師の、

《をりとりてはらりとおもきすすきかな》

という俳句がそれに当たるかと思います。

 

これに対して、『二物衝突』というのは、関連のないように見える二つの事柄を合わせるという手法で、たとえば、これも飯田蛇笏師の、

《葬人歯あらわに泣くや曼珠沙華

や、俳諧の祖、松尾芭蕉翁の、

《花の雲鐘は上野か浅草か》

といったところがその好例かと思います。

 

この『二物衝突』が、いただいた三つのお題には、それぞれ関連性はなく、それらをどう衝突させるか、という点で、脳みその同じ部分を使っている、つまり三題噺の考案手法と同じではないかと、先日の俳句会でふと思いました。

 

学生時代、川柳の結句を先に決めておいて、お客様から上の五文字をいただき、中の句の七を考えて川柳を作るという、やりくり川柳と称する大喜利の遊びをやっておりましたが、これもまさに『二物衝突』三題噺的川柳で、たとえば、

《右左》

という結句を予め表明しておいて、お客様から、

《鯉のぼり》

なんて上の句をいただきましたら、

《鯉のぼり猫が狙って右左》

てな具合に一句、捻り出します。

 

これは、いただいたお題から全く関係のなさそうなモノを引っ張り出してきてその意外な関連性を示す謎掛けと基本は同じです。

不細工な三題噺でもアタクシが捻り出せるのは、意識することなくそんな手法を何十年と用いておりましたからかと思いまして、それを、例の友人に話しましたところ、彼はいかにも得心がいったという表情で、

「それで、キミはあちこちでいろんな人と衝突するわけか……」