『柳に風』
『柳に雪折れなし』
といった言葉は、風や雪のような圧力を受けても、柳のようにしなやかに受け流すことの重要性を表した言葉ですが、具体的にどうしたらいいのか、わかりにくいのではないかと思います。
そこで、そんなことを口にした方に伺ってみますと、
「それは…… つまり……」
などと当の本人も口ごもってしまうのではないかと思います。
そんなときには、たとえば、
「目標必達。できなければどうなるか分かっているやろうな」
てなプレッシャーをかけられたときには、
「どうなるか、よう分かりまへんよって、ちょっと試してみよかと思うてまんねん」
「お前はこれがどういうことか分かっているのか!」
なんて怒鳴られたときには、
「分かってへんさかいに、ちょっとあんさんに聞いてみようと思うてますんや」
まあ、アタクシどもの世界の住人なら、これぐらいの返事は当たり前のように実践しておりますが、実際には難しいかもしれません。
それより、これらの言葉から、自分が、誰かの、あるいは組織の中の風や雪になっていないかどうかということを顧みる必要もあるのではないかと思います。
そう考えますと、たとえば、
「目標必達。できなければどうなるか分かっているやろうな」
「お前はこれがどういうことか分かっているのか!」
と言われましたときには、
「あんさん、今、風や雪になってやおまへんか……」
なんて問い返すのもありかと思いますが、相手がさらにヒートアップして怒り出す可能性もあります。
人間、風や雪に化すことはできても、柳にはなかなかなれるものではないのかもしれません。
実際は、
『風雪に耐えて柳の極意を知る』
てなところではないかと思います。
(今日のブログは、結局、何が言いたいのか、ようわからんぞ!)
てなお叱りの言葉なんぞを頂戴いたしましたら、
「さあ、それが拙ブログの特徴でございまして、読者の皆さんやったら、そないなこと、もう、とっくにご存知やと思うておりましたんやけど……」
(一句でけた!)
それはどんな俳句ですか……
(風雪に 嫌みな柳に なっていく)
デンデン