親しみをこめているように思われている呼称問題

岐阜県内の私立中学校の先生が生徒に、サル、とあだ名をつけていたことが不適切であるという報道がありました。

この先生は、親しみをこめて呼んでいた、ということですが、果たしてほんとうにそうなんでしょうか……

 

昨年、西宮の先生が、生徒を、エロ、と呼んでいたことが裁判沙汰になっていました。

 

昨今、教育現場では、教師が生徒を、名字ではなく下の名前、ファーストネームで呼ぶ風潮があるようです。

より、生徒との親密度が増す、という理由があるようですが、その延長線上に、あだ名で呼ぶことがあるのではないかと思います。

 

いじめのもっとも初期の段階は、当人が不快に感じるあだ名で呼ぶ行為ではないかと思います。

ただ、不快な思いを表明されていなければ、いじめた当人も鈍感な周囲も、それがいじめだとは思いません。

 

もしかしたら、この中学の先生は、自分が中学生のころに、同様のいじめをしていたのかもしれません。

クラスメートがどのように感じているかを忖度しないまま、あだ名で呼んでいたのではないかと思います。

あるいは、それが相手を不快にしていることだと気づきながら、自分がおさえられなかったのかもしれません。

 

お互いの関係性を超えて親しくなることが善であるような空気が、今の世の中にはあるように思いますが、学校の先生の中には、生徒を下の名前で呼ぶことに異を唱える方も少なくないようです。

相互の関係性を維持したまま、節度ある親しさは、呼称に関係なく構築できるのではないかと思います。

 

こんなことを、例によって例の友人に話しましたところ、

「キミの場合、どんな関係であれ、親しい人はいないから……」

なんて言いかけましたので、

「キミが親しくしてくれているやないか」

と、申しましたら、

「違う!」