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護身と保身の会話術

世間では、暴力から身を守る術を護身術と言い、自分の地位や立場を損なわないように立ち回る方法を、保身術と表現しているようですが、会話にも、両者が存在するように思います。

 

その保身術を、最近、立て続けに受けてしまいました……

一つは、アタクシが依頼したことを一度は引き受けた相手から、途中で依頼内容に非があるように言われたことです。

依頼するにあたり、引き受けてくれなくても構わない旨も伝え、依頼の趣旨も説明したつもりでしたから、アタクシ、面食らいながらも多少の抗弁を試みました。

でも、結局、会話はかみ合うことなく、相手はアタクシの依頼を途中で放棄してしまいました。

もしかすると、その方は、途中で依頼された事案に応えるだけの力が自分にないことに気づかれて、それを糊塗するためにこちらに非があるように申し立てたのでのはないかと、あとで思いました。

 

二つ目は、アタクシが相手の非を指摘したときでした。

通常は、それでその状態が改善するケースだったのですが、こちらが指摘した点は棚に上げて、あたかもアタクシが間違っているようなことを相手が言い出しましたので、久しぶりに70%ほどのパワーで激してしまいました……

このパターンは、以前にも何度か経験しておりましただけに、アタクシ、70%激するのではない方法を選択すべきだったと、反省しきりでございます。

 

アタクシが勝手に考えているだけでございますが、いずれも、相手が保身に走ったがための会話術かと感じております。

 

保身の会話術は、良好な人間関係を構築しません。

ですから、アタクシ、自分に非があるような場合は、すぐに謝ります。

いまさら保身に走らなければならないプライドや立場なんてものはありませんから……

もちろん、自らそんな会話術を用いることはいたしませんが、ただ、そんな保身の会話術を受けてしまうのは、やはりこちらの不徳の致すところなのでありましょう。

 

よりよい会話の方法の一つとして、相手の非を責めてはいけないということがよく言われますが、これこそ、護身の会話術ではないかと思います。

 

こんな話を例によって例の友人に話しましたところ、

「キミの場合、護身や保身の会話術を云々する前に、あっちでこんなことを言い、こっちであんなことを言い散らかしては、相手を煙に巻くような分身の会話術をやらかしている自分を改めるのが先だろう……」