情報の共有が徹底されない理由

〈情報の共有〉

ということが世間で言われるようになって、どれほどの年月が経っているのでしょうか……

 

岐阜市の中学三年生がマンションから転落死して死亡したことについて、岐阜市教育委員会が、いじめに関する情報が複数担任に寄せられていたにも関わらず、担任が生徒に話を聞いて当該生徒が「大丈夫」と言ったことで解決したと判断し、いじめに関する複数のメモ等を、担任がシュレッダーで処分していたことを明らかにしたそうです。

これについて、学年主任や校長などの管理職と情報が共有されていなかったとも、NHKNEWSWEBで報じられています。

 

昨今、どの組織でも、

〈情報の共有〉

は、研修などで徹底されているはずだと思います。

 

だとしたら、

〈情報の共有がなされていなかった〉

と言う表現は、不穏当ではないか……

 

どうひいき目に見ても、担任は事後報告を怠っており、その裏には、隠蔽の意図があったと考えざるをえません。

また、同じ学校内にあって、学年主任がまったく気づいていないということがあるうるでしょうか……

気づいていて気づかぬふりをしていた…

もしほんとうに気づいていなかったとしたら……

 

〈情報の共有がなされなかった〉

という表現は、問題の解決に前向きでない族が、まずいことになったときに釈明として使われている場合が少なくないように感じているのは、歪んだアタクシだけでございましょうか……