文春文庫の『時の罠』は、辻村深月さん、万城目学さん、米澤穂信さん、湊かなえさんの小説を集めたアンソロジーです。
それぞれの個性あふれる作品を楽しむことができました。
特に面白いと思ったのは、万城目学さんの『トシ&シュン』に出てきた、テレビドラマのオーディションで課された、
〈相手にあることを強く求めるけど、それがいざ実現したとき、失敗したと気づく〉
という、5分間の即興演技のお題です。
「お礼は、そっちの大きな葛籠でないと承知しないよ」」
「いや、お礼って、こっちは助けてくれなんて頼んでないのに、あんた……」
「お黙り! うちの隣の婆さんがあんたを助けてお宝の入った葛籠を持って帰ってきたんだよ。だったら、あたしには、一番大きい葛籠をよこしな」
「だから、一番大きな葛籠と言われても……」
「いいから、こっちへお出し!」
そうして無理矢理一番大きな葛籠を持ち帰った意地悪なお婆さんが開けてみると、中から化け物がいっぱい出てきました……
てな昔話から、
「私、あなたと結ばれないなら死んでしまうわ」
と迫って結婚したものの、
「ああ、失敗だったわ……」
なんてお話なども、世の中、珍しくありません。
〈相手にあることを強く求めるけど、それがいざ実現したとき、失敗したと気づく〉
とは、つまり、人生にはよくある事柄で、もっとも簡単な演技課題であると言えるのではないかと思います。
(え? そりゃオマエだけだろって……?)