江上剛さんの短編集『退職勧奨』(実業之日本社)の中に『ハローワーク』という作品があります。
信用金庫を定年退職した60歳の主人公が、再就職を試みる話です。
支店長まで勤めた主人公に、管理職だった人の再就職を斡旋するハローワークの担当者は、
「頭、切り替えなさい!」
と、厳しい言葉を投げかけます。
自分の経歴なら希望する就職先がすぐに見つかるだろうという甘い考えを持っていた主人公は、そこで現実を思い知らされます。
頭では
〈頭を切り替える〉
ということはわかっていても、本当に頭が切り替えらるかどうかは、視点が変えられるかどうかにかかっているかと思います。
支店長まで勤めたのだから管理職としてすぐにどこかの企業が採用してくれるだろうというのは、視点が変えられていない、頭が切り替わっていないということです。
採用する企業の立場で考えると、60歳で定年退職した支店長をあえて採用するメリットがどこにあるのか、ということがポイントになります。
水族館でも動物園でも、こちら側から人間が眺める発想から、魚や動物の方から人間を見るという発想に転換するということです。
企業の論理で妻にモノを言うのではなく、妻の立場を想像すると、夫婦喧嘩も少なくなるのではないかと思います。
とは言え、理屈はわかっていてもそれがなかなかできません。
どうすればいいかというと、落語に親しむのも一つの方法だと思います。
『一眼国』という落語がありますが、これは、人間が一つ目人間の国で見せ物になるという噺で、まさに動物園で見られる動物の立場がわかる噺です。
そんな理論を展開すると、
「それだけよくわかっているのになあ……」
と、例の友人はアタシを残念そうに眺めます。
そこで、
「いや、わかっているからこそ、この歳でどこかの企業の正社員になろうなんてしていないだろ」
と言い返すと、
「企業の正社員になれないのは、別に問題があるからだろ」