NHKの『あの人にあいたい』。
今日は、作詞家の阿久悠先生のインタビュー映像などが放送されていました。
「『あの人、金儲けは下手だけど、立派な人だよね』という言葉を聞かなくなった。上の句だけで、下の句がなくなった」
バブル期のインタビューでの言葉ですが、
『金儲けは下手だけど立派な人』
は、今でも耳目に触れることはありません。
あの頃から、世の中から立派な人が消えてしまったのか、それとも立派な人が金儲けも上手になったのか、金儲けの上手な人が立派になったのか、はたまた、世間が、金儲けの上手な人イコール立派な人という評価をするようになったのか、あるいは逆に、立派な人イコール金儲けの上手な人だということになっちゃったのか、その割には、国会で野党から金持ちを優遇する税金システムを批判する発言を聞いておりますと、やっぱり金儲けの上手な人は立派ではないような印象を受けてしまいますが、どう考えたらいいのでしょうか……
先日、自分の言葉で語る、というテーマで拙ブログを更新いたしましたが、阿久悠先生のように自分の言葉で語る人の言葉は、聞く者に深い思索を促します。
かりに、立派な人とは、聞く者に深い思索を促す人でもあるとすると、現代は、阿久悠先生の言葉に首肯くしかない人々があふれる時代になっているのだと言えるかもしれません……
どうでっか?
今、深い思索を促されませんでしたか?
え?
(アンタが金儲けが下手で立派な人でもないことがようわかった!)