二つの《無念》

《無念》

という言葉には以前から疑問がありました。

 

《無念無想》

という場合の《無念》には、

〈何事も思わなこと。妄念がないこと。迷いがないこと。〉

という、仏教的な意味があり、こちらが本来の意味かと思いますが、これが、

〈くやしいこと。〉

という意味で、たとえば、

「残念無念!」

などと使われておりますと、つい、

「念が残っているんか、残ってないんか、どっちやねん!」

とツッコミを入れておりましたが、ネット上で調べてみますと、どうやら、

《残念無念》

と語呂合わせで使われているうちに、後者の意味が《無念》についたようです……

 

そこで、ちょいと視点を変えて考えてみました。

 

本来の仏教的《無念》はともかく、そうではなく、一つの念にとらわれてしまったようなとき、たとえば、非常に不愉快なことがあってそればかり考えて怒りが収まらないような場合、不快なその怒り以外の念がない、つまり、

『とらわれている一つの念の他の念が無い』

という意味で、

《無念》

と解釈するのはどないなもんでっしゃろ……

 

ぼか! どす! ごん!

 

「無念じゃ〜!」