「大変弱い人間だった」カヌー選手と漱石先生の『こころ』

オリンピック出場を目指すカヌーの選手が、力を伸ばしてきた若手選手の飲料に禁止薬物を故意に混入してドーピング検査によって若手選手の出場失格を目論んだ事件が報道されています。

お互いに日本を代表する選手であり、ドーピングの罠にはめられた選手が最初に相談したのが、尊敬する先輩であり仲のよいチームメイトでもある、薬物を混入した当の選手だったそうで、結局自ら混入を告白した本人は、

「私自身が、大変弱い人間だった」

と、その理由を述べたそうです。

 

テレビで横に並んだコメンテーターの皆さんは、

「よほどオリンピックに出場したかったのでは……」

ですとか、

「焦りがあったのでは……」

ですとか、スポーツ選手独特の他人事のようにお話されているようですが、どなたも社会のあちこちで信頼を逆手に取った巧妙な罠を仕掛ける人間の存在することに、もっと言うなら、自分もそんな卑劣な人間になるかもしれないという視点で語るお方はいらっしゃらないようでした。

 

夏目漱石先生の『こころ』は、お嬢さんに想いを寄せる親友Kの心情を知りながら、自分の内心を隠したままKを出し抜いてそのお嬢さんと一緒になった先生の、その心の変遷を示した小説です。

 

普段は善人でも、信頼されていることを逆手に取って自分の願望を叶えようとする人間かもしれないという可能性に触れるコメントがどなたの口からも出ないいというのは、視聴者も含めて自分はそんなことは決してしない人間であるということを意味しているのか、あるいはそういう発言はテレビでは不適切であるとの判断があるのか、はたまた、ホントウにアタクシみたいな一部の大変弱い人間だけの話なのかとも思います。