《シナリオの書き方》に見る極意の言葉

7月31日の拙ブログ『小説とシナリオ』でちらりとご紹介いたしました、柏田道夫さんの《シナリオの書き方》(映人社)には、すてきな言葉がちりばめられています。

 

〈チャンスはまるでピンチであるかのような顔をして迫ってくる。驚いた我々が身をかわしている間に、それは通り過ぎていくが、その後ろ姿には、チャンスという名が書いてある〉

 

よく、

〈ピンチをチャンスに変えろ〉

なんてことが言われますし、反対に、

〈チャンスをピンチを変えるな〉

てな言葉を、どこかで見たようにも思います。

 

もともと、チャンスとピンチは背中合わせ、表裏一体、一対になっているということでしょう。

 

〈失敗は成功の母〉

というのも、失敗と成功が、同様に背中合わせの言葉であるということ表しているかと思います。

 

《シナリオの書き方》の最後には、

〈海しか見えない見えないから陸地は見えないと思うものは、発見の下手な人間である〉

というフランシス・ベーコン氏の言葉が記されています。

 

これらは創造に携わる者に限らず、多くの人が心得ておくべき言葉かと思います。

 

毎度、こうした言葉に触れるたびに、

「わかっちゃいるけど……」

 

え?

(最近、面白くないぞ!)

 

こんなツッコミがあるということは、拙ブログのピンチかもしれませんが、そこにチャンスもあるということで……

 

え?

(陸地も見えてないやろ!)

 

《おクジラさま》の国際理解と《加計問題》の意見広告

たとえ、他者の価値観が理解できなくても、否定はしない。

それが、国際理解、相互理解だと言われているのに、それが世界で実践されていない好例が、日本の太地町にクジラ漁かと思います。

 

先ほど、カンテレの報道ランナーで佐々木芽生監督の映画『おクジラさま』が紹介されていました。

七年前に公開された、太地町のクジラ漁を一方的に非難する映画『ザ・コープ』によって、私たち日本人の文化がどれほど傷つけられたことか……

それを改めて認識できる映画かと思います。

 

本日の産經新聞朝刊に、

「放送局は、公平・公正な報道責任を果たしてください」

という意見広告がありました。

加計問題の、前川喜平氏の発言を報じた時間2時間33分46秒と加戸守行氏の発言を報じた時間6分1秒を、例として挙げていました。

 

印象として不公平だとアタクシも感じておりましたが、これほどとは思いませんでした。

 

パンダに関する報道時間とパンダ以外の動物に関する報道時間も、同じぐらいではないかと思います。

 

他者の価値観を理解する姿勢ではなく、うっかりすると、知らないうちに誰かから植え付けられた価値観を自分の価値観として、他を否定している自分、それがやがて相手を悪として裁く姿勢になるのではないかと、自分を疑うところから、ほんとうの国際理解は始まるのかもしれません。

 

え?

(オチがないぞ!)

 

って、やっぱり書いてしまいました〜

イージス艦 一事が万事 二度あることは三度ある

先日、静岡県の沖合でイージス艦が回避義務を怠って衝突事故を起こしておりましたところへ、また、アメリカのイージス艦が衝突事故を起こしたという報道がありました。

「二度あることは三度ある」

てな言葉を思い浮かべて、いやいや、

「一時が万事」

かもしれないと思い、事故発生につながりかねない、

「ヒヤリ・ハット」

なんて言葉も連想してしまいました。

 

一時、

「ひやりとした、はっとした瞬間に注意することによって事故を防ぐ」

という戒めを記した書籍が書店に並んでおりました。

 

本来は、

「ヒヤリ・ハット」

で怠った注意が、

「二度あることは三度ある」

となり、最終的に、

「一事が万事」

ということになって、大鉈を振るって抜本的な改革をするという事態を招くのではないかと思います。

「ヒヤリ・ハット」

のうちなら、まだ注意喚起して修正すべき範囲も小さくて済みように思いますが、これが、

「二度あることは三度ある」

などと予言もどきに言いながら、三度目が発生したときに、

「ほら、言ったとおりでしょ」

などと喜んで放置していると、

「一事が万事」

で取り返しがつかなくなりますから、まあ、言うまでもないとは思いますが、イージス艦、アメリカ海軍さんには、そろそろ鉈を振るっていただかないといけないようにも思います。

 

え?

(アンタのブログも一事が万事! どないすんねん!)

って、アアタ、ははははは……

素人落語まつりin池田2017〜やんなっちゃったレポート〜

昨日、『素人落語まつりin池田2017』に行ってきました。

五回目とあって、過去最高の入場者数となったようですが、一番の人気は、《プレイバック昭和演芸》のコーナーで、今年は、ゆ乃月さんと美猫さんが、「お気軽に〜」でお馴染みのこづえみどりさんの漫才を、豊蝶師匠が、「ああ〜やんなっちゃった〜」で一世を風靡した牧伸二さんのウクレレ漫談を、そして、ちろりさん美里さんによる千里万里さんの漫才を披露してくれました。

 

今年は、彦八むすめさんにもご登場いただき、落語十八題が口演されましたが、落語の余芸のような昭和演芸のはずが、皆さん、自身の落語よりこちらに力が入っているようで、お客様より楽しんでいるようです。

 

豊蝶師は、

「本番前に二回、他の舞台でやってみましたが、自分が入れたネタより、昔の牧伸二さんのネタのほうが受けました」

と、打ち上げで語っていらっしゃったほどえ、きっと、ご自身が経営するお店〈ちりとてちん〉で、お酒や食事の注文に交えて、

「やんなっちゃた一つ!」

なんてオーダーすると、

「安倍さんおそばが大好きで、天ぷら頼むとちょと待っててんぷらよちもかけが好き〜」

なんてサービスがあるかもしれません。

 

年々、期待の高まるイベントになっております。

サワコの朝から〜ハリセンボンの教え〜

今朝のサワコの朝(MBSテレビ)のゲストは、ハリセンボンのお二人でした。

 

「角野卓三じゃねえよ」

知名度の上がったお二人ですが、たまたま生まれたこのギャグについて、

「〜じぇねよ」

という言葉は、ぎりぎりの汚い言葉だと認識されているようです。

 

ときどき、汚い言葉を使って誰かを笑いにすれば受けて人気が得られると勘違いしている芸人さんがいらっしゃるように思っておりまして、この、

「角野卓三じゃねえよ」

も、その類いではないかと思っておりましたが、そうした使うべき言葉に対する意識を持っておられるからこそ、それが人柄として彼女たちの人気につながっているように感じました。

 

慇懃無礼という言葉があるように、丁寧な物言いをすればいいというわけではなく、また、言葉遣いは乱暴だけど、その言葉の根底に相手に対する心遣いが見えて好感が持たれる方もいらっしゃいます。

 

向かい合った相手とだけではなく、手紙でもメールでも、そうした意味で言葉遣いには気を配らないといけないと改めて思いましたが、人間関係を壊してしまうときというのは、ついつい相手を蔑ろにしているときのようだと、先ほど反省もいたしました、本日のサワコの朝でございました……

安部公房先生の『鞄』と『ひよっこ』の自由論

今朝のNHKの朝の連続ドラマ『ひよっこ』では、自由がテーマになっているようでした。

 

ドラマに限らず、古今東西自由を扱った作品は数々ありますが、アタクシ、個人的には安部公房先生の『鞄』が屈指の名作ではないかと思います。

 

主人公の事務所が半年も前に出した求人に応募にきた若者は、手にした鞄に導かれて訪れたと語り、その鞄を主人公が持って外出すると、事務所には戻れなくなったが不安はなく、むしろそれで自由を感じた、という小説です。

その重さによって鞄が進みやすい道を示してくれることで、安心して自由を感じることができる……

 

「イギリス人は、強制があってはじめて主体性や自由が生まれるというパラドックスを理解している」

そうです。

日本に自由の観念が入ってきたときに、この発想が欠如していたようにも思います。

 

鞄を、強制するものととらえてもかまわないし、誘導づるもの、あるいはよりよく導く存在ととらえても悪くはないかと思いますが、いずれにしろ、そうした鞄を持たされずにアタクシどもの自由はありえないということかと思います。

 

こうして自由にブログを書いておりますようで、今回は、特に『鞄』がなければ、書けなかったというこでございます……

しくじりブログ

お盆休みの期間中、週刊誌はボリュウムウップでいろいろ特集を組むようです。

 

週刊新潮別冊には、許永中氏のインタビュー記事を掲載して、バブルの頃を回顧する特集を組んでいます。

 

バブル絶頂だった人々とともに、バブル塔と洒落て、当時の豪華な建物の写真と現在の写真を比べていましたが、それを見ながら、ふと、バブルの党もあるんやないかと、思ってしまいました。

 

土井たか子さん率いる社会党だとか、福島みずほさん率いる社民党だとか、今ではすっかり弱小野党になってしまって、バブルの党の女王、なんて言い方は、あまりに失礼かと半分思いながら、もう一人、これに民進党蓮舫さんを加えれば、バブルの党の三人の女王、なんて面白いだろうな、なんてほんとうはバブルとは関係ないのに、三人、並べたくなって、やっぱりアルコール依存やギャンブル依存のごとく、拙ブログに書いてしまいました……

 

そんなタイミングで、『しくじり先生』(テレビ朝日)が九月一杯で終了するという報道に、政治家の皆さんなんかに、今のうちに出演してくださったら面白いだろうな、ちょっと残念なような気がしています。

なんてことを例によって例の友人に話しましたところ、

「キミの場合、しゃべりのとうにしくじっているからなぁ……」

 

苦しいオチでございました……