『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題2〜《人殺しができると信じてしまうようなバーチャルリアリティ》^

昨日に続いて『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題(ジョン・ファーンドン氏 訳・小田島恒志氏 小田島則子氏 河出文庫)の問題からネタを頂戴しております。

 

正確な問題の文言は、

 

精神病者(しかも、殺人だけが唯一の楽しみである患者)に、自分は好きなだけ人殺しができる現実世界にいると信じてしまうようなバーチャルリアリティを創出する機械を使わせることは、道徳的に問題ないないでしょうか?〉

 

です。

 

これもやっぱり日本人にはできない発想かと思います。

できるとしたら、筒井康隆先生をおいて他にはいらっしゃらないのではないかとも思いますし、筒井康隆先生なら、こも質問からも小説を創出されることと思います。

もちろん、数独クロスワードやクイズといった、決まった思考回路でしか考えない質問ではないこの手の問題は、たぶん、圧倒的にアタクシども凡人の脳の老化を妨げるのにかなり効果があるように思います。

 

本書では、質問からこの課題を通して見える本質をついた解説が記載されていて、それはそれで非常に激しく、腐りかけのワガ脳みそを刺激してはくれますが、それ以上に、強く、この手の質問を捻り出したい、という欲求を沸き起こさせてくれます。

 

〈自分は好きなだけ人殺しができる〉

 

というところを、

 

〈自分は好きなだけ女性にもてる〉

 

とか、

 

〈自分は好きなだけ金儲けができる〉

 

とか、

 

〈自分は好きなだけ……〉

 

え?

(やっぱり決まった思考回路でしか考えられへんやないか!)

 

腐りかけの脳みそですから、やっぱり手遅れかも……

『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせる」入試問題』1〜《あなたは自分が利口だと思いますか?》〜

ジョン・ファーンドン氏の『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせる」入試問題』(訳・小田島恒志氏 小田島則子氏 河出文庫)を買ってしまいました……

 

日本の大学とはまったく発想の異なる入試問題がずらりと並んでいる書籍のサブタイトル、

 

《あなたは自分が利口だと思いますか?》

 

に、思わず、

「利口やったら、こんな人生、送ってしまへん」

と、ついツッコミを入れて読んでみましたら、かのワーズワース氏の姪御さんであるエリザベスさんの、

 

《もし善良な人がみな利口なら、

 もし利口な人がみな善良なら、

 世界はもっといいものになる

    〜中略〜

 善良は利口に厳しすぎる、

 利口は善良に失礼すぎる。》

 

という詩が、解説の最後に記されていました。

 

自分が利口でないと同時に、善良でもないことに気がついてしまいましたが、だからこそ、アタクシは、利口に厳しいことは申しませんし、善良に失礼なことはいたさない人間であると……

 

え?

(それは誰からも厳しいことを言われたくない、失礼なことをされたくない、っちゅうことやろ!)

『第3回隣乃玄関素人落語錬成会』〜飛び入りレポート〜

昨日、『第3回隣乃玄関素人落語錬成会』に飛び入りで三題噺を口演いたしました。

 

ちょいちょい飛び入りであちこち出ておりますが、たいていはアタクシ一人でございましたが、今回の『第3回隣乃玄関素人落語錬成会』には、アタクシの他に3名の飛び入りがございまして、当初予定のメンバーと合わせまして、8名が高座を務めることとあいなりましたが、お客様はと申しますと、4人……

いずれ、飛び入りしか出演しない『飛び入り落語会』てなもんもできるかもしれません、たとえ一人もお客様がいらっしゃるなくても……

 

三題噺でいただきましたお題は、

ハットトリック〉〈幽霊〉〈ライスカレー

 

かつて名門だった某大学のサッカー部の再建を目指して、高校サッカー界で名を馳せた〈ハットトリック〉兄弟などをスカウトして開催した合宿の初日の挨拶を終えて、昼食の〈ライスカレー〉を食べながら、落語研究会に所属する〈幽霊〉部員が、監督に、

「〈幽霊〉部員やさかいに、足がないから走れまへん」

と言うてしばらく、腹が痛くなって苦しみ出したところへ、

「大丈夫や。その〈ライスカレー〉、足が早い」

                                   デンデン

 

ときどき、

「身体が甘いものを欲しがっている……」

などとをおっしゃる方がいらっしゃいますが、アタクシ、昨日は、

「脳ミソが三題噺をやりたがっている……」

てな状態に陥っていたようで、やり終えてから、なんやほっと一息つけました……

 

え?

(それはビョウキやろ!)

 

そんなことはずっと前からわかっていることでございます。

サワコの朝から〜白石加代子さん〜

今日の《サワコの朝》(MBS)のゲストは、女優の白石加代子さんでした。

 

昨年のNHKの朝の連続ドラマ『ひよっこ』で、主人公が住むアパートの不思議な大家さんを演じられていたことは、まだ記憶に新しいのではないかと思います。

 

その白石さんが、これも話題になりましたテレビドラマ『陸王』(MBS)にご出演された阿川佐和子さんを、見事に自意識を捨てて演じられている、ということでしたが、当の佐和子さんは、

 

《無意識過剰》

 

と、よく言われると笑っておられました。

 

芸歴の長い女優の白石さんでさえ、自意識を捨てるのは難しい、とおっしゃっていらっしゃるのに、なんとまあ羨ましいことかと思いながら、

 

《無意識過剰》

 

で、高座に上がることができれば、なんて思ってしまいました……

 

え?

(〝オレがオレが〟で生きてるアンタにそれは絶対ムリ!)

 

白石加代子さんがライフワークにされておられる朗読劇も、やってみたくなった本日の《サワコの朝》でございました。

 

ありがとうございました。

右が先か左が先か四字熟語

四字熟語には、天地や東西、あるいは左右など、対になる文字を利用したものがあります。

 

天地の付く四字熟語は、

〈天地無用〉(荷物の上下を逆さまに扱っていけない)

〈天地混沌〉(天地がいまだ分離していない始源の状態)

〈天変地異〉(自然の災害や替わった出来事)

〈天長地久〉(天地の存在は永久であること)

など、みな、天から始まって地に続いています。

 

東西の付く四字熟語は、

〈東奔西走〉(あちこち忙しく走り回ること)

〈東倒西歪〉(ふらふらしているさま)

〈東扶西倒〉(しっかりした考えがなくふらついているさま)

〈東父西母〉(不老長寿の仙人)

など、大概は東から始まって西へと続いています。

 

ところが、左右は、

〈左右他言(げん)〉(自分の都合の悪い話題をそらしてごまかすこと)

〈左支右吾〉(敵を左右両方だ支えとどめること)

〈左戚右賢〉(親族を低い地位に置き、賢者を高い地位にすえること)

と、左から右へ続ける四字熟語と、

〈右往左往〉(混乱して秩序がないたとえ)

〈右顧左眄(周りを気にしてなかなか決断を下さないこと)

〈右文左武〉(文武の両道を兼ね備えること)

など、右から左に向かう四字熟語があります。

 

ほんで、それがどないしたんや、と言われればそれまでございます……

 

すんません。

今日のところはこれで勘弁してやってください。

もっと早く知っておけばよかった伊勢物語から学べること……

伊勢物語の、

 

《春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず》

 

てな和歌を、高校の国語の授業で学んだかどうかさえわからないのは、当時、まったく興味がなかった上に、こんな和歌の序詞やら縁語やら掛詞やら、あるいは意味など知らなくてもどうってことない…… なんて思っていたからだと思います。

 

個人的には、古典でもちょいと奇抜な説話なんかを好んでおりましたので、当時のイケメン、在原業平が旅に出てどうじゃこうじゃてなお話にも関心がなく、不意に教師に指名されて、何が面白いかと聞かれても、涙がこぼれてふやけたかれ飯が面白い、なんてとんちんかんな答えを口にしても平気でおりました……

 

ところが、先日、さる国語の先生から、

伊勢物語は、今でいうところの『プレーボーイ』と同じで、女性にもてる男性がどういうものか、紹介する物語だったんですよ。古歌を下敷きにしてこれだけ表現技巧を盛り込んだ歌を即興で作って女性に贈るような男性が女性に人気があったんですよ」

と教わりましたが、

「なんで高校生のときに、先生はそういうことを教えてくれへんやったんや」

と悔しがりましたら、

「つまり、知性と教養にあふれた男性でないともてなかったということですよ」

とおっしゃて、さらに、念を押すように…… いえ、とどめを刺すように、

「わかりますか、知性と教養、アナタにありますか?」

筒井康隆先生の《細部》の技法〜米朝首脳会談編〜

筒井康隆先生の『創作の極意と掟』(講談社文庫)の項目の一つ、

 

《細部》

 

には、

 

《神は細部に宿る》

 

という、創作に関する格言とも言える言葉について記されています。

 

〈今ではたいてい手抜きすることへの戒めとして使われている言葉だと思うが〉

 

と述べながら、筒井康隆先生独特の論理を展開されています。

 

昨日の米朝首脳会談の結果について、ロシア外務省のリャプコフ次官は、

 

「『悪魔は細部に宿る』と言われる。内容をよく理解する必要がある」

 

と述べたとNHKが報じていました。

 

《悪魔は細部に宿る》

 

はアタクシも初めて耳にする言葉でしたが、外交や政治に関わる文書には、別の解釈もできるような仕掛けが施されることが、少なからずあるようで、その点について戒めた言葉かと思います。

 

《神は細部に宿る》

 

は、創作にリアリティーを持たせよという箴言であり、

 

《悪魔は細部に宿る》

 

は、交渉を巡る文書は疑ってかかれという呪文であるかと思います。

 

それなら、細部に悪魔が宿るてな小説を書いてみたいような気もいたしますが、どないして書くんやとツッコミを入れられと困ってしまいます……

 

筒井康隆先生、どないしまひょ……