『第33回正論大賞』と『第1回自作落語の会』

遅くなりましたが、19日(土)に開催されました、『第1回素人自作落語の会』の御報告をいたします。

八景師『結婚願望』、美里嬢『深山の産婆』、かかし師『アマの寿限無』は、過去に創作された噺で、玄関師の『時代おくれ』と拙作『たいむべると』は、今回のためにこしらえた新作でございました。

 

特にお客様の支持を得ましたのが、IT 化についていけないかつての凄腕営業マンの新真骨頂、人とのつながりを大切にするということを描いた玄関師の人情噺『時代おくれ』でした。

 

NHKの朝の『わろてんか』でも、取引する相手がどういう人物か見極めなあきまへんで……てなシーンがありました。

 

昨日、『第33回正論大賞』を受賞された文芸批評家の新保佑司氏は、

《日本文明の中における『静かで美しい重石』として残っていく言葉を紡いでいきたい》

と、受賞の挨拶をされたそうです。

 

IT 化が進む中で果たしてそうした言葉がどれだけ残っていくのだろうか、それによって、たとえば便利で住み良い社会になるのかそれとも単に便利なだけの社会になるのか、分かれてしまうようにも思います。

 

え?

(アンタの『たいむべると』はどないやったんや)

 

それがまあ、お客様から、

「話が重たい……」

と言われましたんで、アタクシの噺はきっと新保さんのおっしゃった、

《静かで美しい重石》

になるのではないかと……

 

ドス! ボカ! ゴン!

小平奈緒選手 優勝おめでとうございます!

昨日、スピードスケート女子500で、小平奈緒選手がオリンピック新記録で優勝しました。

 

小平選手は、2014年のソチ大会でメダルを逃して、

《何かを変えなければ……》

と強く思い、

《日々自分超え》

をモットーにトレーニングに励み、優勝が決まったときには、ライバルで氷上の女帝と呼ばれた韓国の李相花と抱き合い、

《今もあなたをリスペクト(尊敬)している》

と声をかけ、李選手も、

《私もあなたを誇りに思う》

と応じたそうです。

 

どの競技に限らず、頂点を極める人、極めようとする人の言葉には、挫折を味わったから、ライバルがいたから、そんな当たり前に口にされる教えの上に、素晴らしい感動を冠してくれます。

 

一方、国ぐるみのドーピングが認定されて個人資格で出場が認められているロシア選手は、昨日の時点で金メダルを獲得していないそうです。

 

韓国と北朝鮮の合同チームを喜んでいるのは、どうやら政治的な駆け引きで手柄を得ようとするお偉いさんばかりのようで、当の選手たちは白けているような会見が報じられていました。

 

そんなところも見える今大会だからこそ、頂点を極めし者の言葉がより尊く聴こえるのは、アタクシだけでしょうか……

 

オリンピックの楽しみは、まだ尽きません。

羽生選手・宇野選手・藤井六段に祝福と感謝の言葉を贈ります!

昨日は、多くの人に感動と喜びがあふれた1日になったようです。

 

何と言っても、冬季オリンピックフィギュアスケート男子で、羽生結弦選手の優勝、宇野昌磨選手の準優勝、しかも羽生選手のオリンピック2連覇は66年ぶりの快挙ですから、素晴らしいの一言に尽きるかと思います。

 

また、将棋の藤井聡太五段が羽生善治棋聖を破り、さらに広瀬章人八段にも勝利して最年少、中学生で初の一般棋戦優勝、同時に六段昇進を決めました。

こちらも素晴らしいの一語に尽きる快挙です。

 

注目されるのは、羽生選手の、

「自分の人生史上、一番幸せな瞬間だった」

という言葉かと思いますが、今朝のNHKニュースで宇野選手と並んでのインタビューで、あまり緊張しなかった宇野選手について問われたときに、

「スポーツ選手には、感じなくてもいいことを感じ取ってしまう人もいて、感じなくていいことを遮断できる人もいる」

と答えていました。

 

緊張しない=鈍感、あるいは腹が据わっている、といのではなく、感じなくてもいいことを遮断できるから緊張しないで済む、ということかと思います。

 

世の中、ざっくり分けると、感じなくてもいいことを感じてストレスを溜め込む人と、鈍感で空気の読めない人が存在するように、何となく思ってましたが、なるほど、感じなくてもいいことを遮断することができれば、ストレスをなくすことができるばかりか、集中力を欠くこともなくなります。

 

《感じなくてもいいことを遮断する》

という新たな選択肢を知らせてくれた羽生選手と宇野選手には、別に感謝のメダルを贈呈してもいいように思います。

 

羽生選手、宇野選手、藤井六段に、

「おめでとうございます!」

そして、

「ありがとう!」

サワコの朝から〜デヴィ夫人の言葉から〈プロポーズの言葉〉〜

今日の《サワコの朝》(MBS)のゲストは、デヴィ夫人でした。

 

インドネシアスカルノ大統領の夫人となるなど、波乱に満ちた人生を送られてなおこの日本でタレントとしてご活躍され、しかも若さと美しさを失わない方です。

最近は若い人にも人気があるようで、その若さと美しさの秘訣は、

「1日に10回は感動する」

「挑戦する」

だそうです。

 

ただ、感動することだとか挑戦することだとかってぇことぐらいなら、そこらで口する御仁も少ないかと思います。

 

アタクシの印象に残りましたのは、スカルノ大統領がデヴィ夫人にプロポーズした言葉です。

デヴィ夫人が英語でおっしゃていましたのを、サワコさんが日本語に改めて下さってましたけれど、

「僕のインスピレーションになってほしい」

「僕の生きる源になってほしい」

「僕の喜びになってほしい」

てな感じだったような不確かな感じで申し訳ありませんが、でもこれは使えると思いました。

 

「結婚してほしい」

なんて芸のないプロポーズの言葉ではなく、言われた彼女がそれだけでうっとりしてしまうような言葉ではないかと思いましたので、アタクシも是非使わせて……

 

え?

(どこにそんな相手がいてるんや?)

 

ええと、今日は例の伝楽亭にて午後2時から『第1回素人自作落語の会』が解されますので、よろしかったら、皆さんお誘いの上お越し下さい!

『週刊文春』〈メルマガ読者アンケート 好きな・嫌いなキャスター&コメンテーター〉に異議アリ!

今週号の『週刊文春』には、〈メルマガ読者アンケート(回答4500超)好きな・嫌いなキャスター&コメンテーター〉が掲載されています。

 

広告には、好きなキャスター&コメンテーターの一位は示されず、二位と三位が記されていましたから、アタクシ、一位はてっきりNHK高瀬耕造アナウンサーに違いないと思っておりましたら、なんと45位でしたぁ〜!

 

確かにそこに名を連ねる御歴歴いの実力と人気に異を唱えるつもりはありませんが、NHKのアナウンサーというだけで、高瀬耕造アナウンサーの魅力に気がついていないのではないかと思います。

 

他のキャスターやコメンテーターのように、したり顔で批判、意見を述べたり表情を見せたりするのではなく、少しぼけてみたり気の効いた短いコメントを放ったりするところと、無表情を装いながらともするとそれが腹話術の子供の人形の顔のようにさえ見えるところ、あるいは、俳優になっても新たなキャラクターを見せてくれるのではないかと何tなく思わせてくれるところに、どうして皆さん、気づかないのだろうと思います。

 

まあ、メルマガ読者の視聴傾向も影響しているかと思いますので、次回は、世論調査の支持政党の次に、支持キャスターてな項目を作っていただければ……

日蓮上人の御誕生日に……

本日は、日蓮上人の御誕生日だそうです。

 

《一日も生きておわせば功徳積もるべし》

《一切の功徳合わせて妙の字とならせたもう》

 

〈功徳を積むこと〉

が、いかに大切かということが述べられているかと思います。

 

今週の『相棒』(ABCテレビ)で、反町隆史さん演じる冠城亘巡査の、

「女性を口説くのも功徳です」

という台詞を聞いて、

「ああ、それならアタクシはかなり功徳を積んでいるのだ……」

と思いましたが、どういうわけかアタクシの功徳は、なぜか〈妙(不思議に優れて美しい)の字〉に至っておりません。

 

それでつらつら考えてましたところ、アタクシの〝口説く〟は〝功徳〟に非ず〝諄く〟、つまり相手にわずらわしさしか感じさせないほどしつこい、ということであることに思い至り、己に都合のいい煩悩に塗れた〝口説く〟によって〝功徳〟を積むのではなく、仏道にかなった本来の〝功徳〟を積むことによって、うまく〝口説く〟ことができるようになればいいなと……

 

日蓮上人。

どうぞ、お赦しください……

『文春』『新潮』この時期そろって〈真子様〉ですから……

この時期、冬季オリンピックに関わるネタが各メデイアに共通して報じられるのは、自然かと思います。

 

実際、今週発売の『文春』(文藝春秋)『新潮』(新潮社)でも扱っていますが、他にも話題の選手がたくさんいらっしゃるのに、どちらもフィギュアスケート羽生結弦選手に関するネタであるところまで共通しています。

 

ただ、両誌のトップは、

『真子様の恋と秋篠宮家「危機の50日」』(文春)

『ご結婚延期でも誰も言わない「真子様』サヨナラの胸の内』(新潮)

と、どちらも

「ここで真子様か!」

です……

 

昨年、新潮の広告原稿を事前に文春が盗みいていたてなことが話題になりましたが、なんのことはありません。

双方、似た者同士だと言うことでしょう。

 

ライバル=似た者同士、という公式があるかどうかは存じ上げませんが、

「オレはあいつとは違う」

とお互いに否定する二人が、傍から見れば似た者同士だという情景は、決して珍しくありません。

 

『文春』、『新潮』の編集長に、

「実は似た者同士でありませんか?」

てな、どうでもええような質問をしてみたいという衝動にかられておりますのは、きっとアタクシだけでしょうねぇ……