敗者の弁

フィギュアスケート羽生結弦選手が、ショートプログラムで世界最高得点を叩き出しながらフリーで揮わず、二位になってしまいました。

この結果について、羽生選手は、口惜しいと述べた上で、

「口惜しさは、ボクの中では収穫でしかありません」

という主旨の言葉を口にされました。

 

大相撲秋場所千秋楽で、横綱日馬富士関に、本割り、優勝決定戦ともに敗れて優勝を逃した大関豪栄道せきは、横綱が上だったと述べて、

「いつかこれがあったからよかったと言える相撲人生にしたい」

と語ったそうです。

 

昨日の敗戦で3年連続4位以下が決定し、クライマックスシリーズ進出を逃したオリックスバッファローズの福良監督は、

「仕方がない。こrだけ負けていたら」

とため息をついたそうです。

 

世の中、とかく勝者の言葉に注目が集まるものですが、敗者の弁から見えてくるものもあるかと思います。

たとえば、

「羽生選手、豪栄道関、福良監督の中で、次に勝者としての言葉を口にできる可能性が高いのは誰でしょうか?」

 

先日、アタクシも、

「なんでもっと早うに来まへんでしたんや。かなり痛かったんとちゃいまっか」

という、歯医者の言葉を聞きました……

《そこまで言って委員会NP》〜アイデアの枯渇〜

本日の《そこまで言って委員会NP》のテーマは、テレビの問題でした。

地上波テレビの問題点を、テレビ関係者を集めて地上波テレビで取り上げるというところが、《そこまで言って委員会NP》の真骨頂でもあるかと思います。

 

結局、テレビに問題があるとすれば、アイデアの枯渇に尽きるのえはないかと思いました。

ただ、アイデアを枯渇させる要因として挙げられるのが、視聴率であり、予算であり、コンプライアンス、あるいはスポンサー、視聴者に対する忖度から生じる自主規制にあるように思いました。

 

よりよいアイデアを捻り出す手法の代表例として、ブレーンストーミングが挙げられます。

どんなに下らないと思うアイデアでも、とにかく自由に無制限に出すことが重視されますが、たとえそういうところから始めたとしても、さまざまな事情によって、結局は無難な、あるいは成功例をなぞることしかできなくなるようです。

 

ただし、制約から生まれるアイデアも、世の中には多々あります。

 

手間味噌で申し訳在りませんが、三題噺なんてのはその最たるものでありまして、アタクシごときは、自由に落語を創れと言われるよりも、お客様から三つのお題をいただくからこそ、創作ができるわけであります。

出来不出来は、一応、横に置いておきます……

 

もちろん、アタクシが面白いテレビのコンテンツを考えよと言われまして困りますが、そう言う意味で、まだまだテレビが面白くなる可能性を感じました。

 

ちなみに、この《そこまで言って委員会NP》を筆頭に、東京より関西の方が面白い番組が多いそうです。

 

本日の《そこまで言って委員会》は、桂ざこば師匠はおられませんでしたが、コーナーごとのオチも、番組最後のオチも、すばらしく決まっておりました。

 

説ブログの問題点は、今日もオチが決まらないという、つまりは、オチのアイデアが枯渇しているところでありましして……

すいません、泣いて謝りますので、今日のところはこれで勘弁してください。

(アイデアが枯渇したあげくの泣き落としか!)

いえ、〝泣きオチ〟という新しいアイデアで……

アリエールビルド

P&GのアリエールのCMに登場する、青と白の二色からなるジェルボールは、二つの成分を洗濯機の中で混ざり合う仕組みになっているようですが、これは、コンビニエンスストアで販売しているフランクフルトに添えられる、ケチャップとマスタードを別々にした入れ物と同じ発想のように思います。

 

ついでに言うなら、二つの物質を組み合わせて戦う『仮面ライダービルド』も同様かと思います。

ビルドの場合、基本的な変身体は、ウサギとタンク(戦車)の能力をマッチさせていますが、相手によって、いろんなものの組み合わせを見せてくれています。

 

とっても斬新なようで、この発想の原点は、あの『仮面ライダー』において、ショッカーとゲルダム団が統合して生まれたゲルショッカーに手による、例えばヒルとカメレオンを組み合わせたブラック将軍の正体、ヒルカメレオンやガニコウモル、クモライオンにハエトリバチ、イソギンジャガーといった怪人にあるかと思います。

 

さらに『仮面ライダーV3』に出現したデストロンが送り出した、生命体と機械を組み合わせた、例えば、ドクトルG(ゲー)の正体であるカニレーザー〈カニとレーザー〉や、1号ライダー、2号ライダーとともに爆死したカメバズーカ〈カメとバズーカ砲〉、バーナーコウモリ〈バーナーとコウモリ〉、ピッケルシャーク〈ピッケルとサメ〉といった改造人間は、まさに、ビルドの原形かと思われます。

 

つまり、『仮面ライダービルド』も『アリエール』のジェルボールケチャップも、フランクフルトのマスタードの入れ物も、その原点は『仮面ライダー』にある、ということです。

 

ただ、今のところ、ビルドの相手となる怪人に、それが見られないのが残念で、いっそ、怪人にジェルボールを持たせて、ビルド同様にパワーアップさせたらええやないかと……

 

え?

(そんなん、アリエーヘン?)

変身! トーッ!

インタビューここから〜綾戸智絵さんの言葉〜

今朝のNHKの『インタビューここから』のゲストは、ジャズシンガーの綾戸智絵さんでした。

 

お母様に個性を大切にされてきたそうで、

「あんたがふつうやったら、お母ちゃん、どっか隠れる」

いうようなことを言われて育てられたそうで、40歳になってからジャズシンガーとしてデビューするなど、その人生も個性的なら、綾戸さんが話す言葉も、実に個性的です。

 

世間では、個性を大切にしなさい、なんてことがよく言われますが、学校なんかでは、人と違う変わり者は、いじめの対象になってしまいます。

個性は尊重しなければならないけれど、変わっていたら阻害してもいいという世の中なのかもしれません。

それを踏まえて綾戸さんは、

《変わっているというのは、その子の未来かもしれへん》

とおっしゃっていました。

 

〈先延ばしをしない〉

ということについては、

《今やることはすべて生もん》

とおっしゃっていました。

アタクシ、どれだけたくさんの生ものを腐らせてしまってきたことか……

 

やる気については、

《体重計に乗ってもやる気は見えへん》

これから人生については、

《下り坂をしっかりと遠回りをしながら下って生きたい》

《下り坂をしっかり》

二つ合わせて、

《60歳分の大きなやる気を持ちたい》

とおっしゃていました。

 

綾戸さんのステージが、たくさんの人を魅了するわけです。

 

アタクシも、綾戸さんを見倣って……

(デンデン!)

勝手に終らせないでちょうだい!

 

村上春樹さんの潜在意識

現代の日本を代表する世界的な作家、村上春樹さんは、一日に原稿用紙十枚書くことを自分に課し、校正に時間をかけるそうです。

でも、プロットはもちろん、あらすじを考えることなく、小説を書いていらっしゃるようです。

つまり、自分でもどんな方向に話を持っていくかということを、考えていらっしゃらないということのようです。

 

池波正太郎先生は、シリーズとなった『鬼平犯科帳』の中のいくつかは、何となく描き始めてできた作品だと、どこかにお書きになっていようなた記憶が、アタクシの脳みそのごこかにございます。

もちろん、他にもプロットを考えずに執筆される作家はいらっしゃるようです。

 

村上春樹さんの『鏡』は、顕在意識と潜在意識の交差を描いた作品ではないかと思っておりますが、おそらく、村上春樹さん自身、潜在意識の中にある何かを、うまく引き出す術を持っておられるのではないかと思います。

 

霊的には自動書記と呼ばれ、あるいは、石ノ森章太郎先生のように小さなピラミッドに身を置いて宇宙との交信を図っている……

そんなことと同様のことがで、村上春樹さんにはできるのかもしれません。

 

作品を捻り出すための手法、プロットの立て方や箱書きの方法など、いくら学んだとしても、質の高い作品を生みだせるとは限りません。

そんな小手先のテクニックではなく、顕在意識と潜在意識の間を自由に行き来できるようになるための方法を知りたいと思います。

 

え?

(オマエの場合、潜在意識もカラッポだろうから無駄……)

って、アアタ、そりゃひどい。

自分の潜在意識の中に、自分自身でさえ気付いていない何かが眠っていると思えばこそ、アタシャ、生きていけてるんですよ……

 

え?

(潜在意識の中に眠ったまま出て来なけりゃ、やっぱりないも同然だ……)

『乱』『魂』『魁』『斬』『陣』時代劇コミックブーム到来か?

本日、コンビニエンスストアで、手塚治虫先生の『どろろ』を掲載した時代劇コミック『魂』(株式会社はちどり)を発見し、手にしたところ、一昨日が創刊という、新しい時代劇コミック誌でした。

その他、石ノ森章太郎先生の『佐武と市捕物控え』に、岡本綺堂先生の小説『半七捕物帳』、江戸時代の近松門左衛門先生の『曾根崎心中』、井原西鶴先生の『八百屋お七異聞』を漫画化した作品が掲載されていましたので、衝動買いをしてしまいました。

 

時代劇専門コミック誌といえば、唯一、リイド社の『乱』『乱ツインズ』だけかと思っておりましたが、最近になって、『魁』(竹書房)、『陣』(ぶんか社)、『斬』(ガイドワークス)など、いずれも漢字一文字を雑誌名とした月刊誌が創刊されているようです。

 

長く、映像における時代劇の衰退が囁かれながら、書店においては、文庫ではありますが、時代小説、歴史小説が幅を利かせております。

だからと言って、時代劇コミックにどれだけの需要があるか、よくわかりませんが、現代はコミックから映像化されるケースが当たり前になっておりますから、出版社に限らず、エンターテイメント系の企業が時代劇コミックに参入するのは、時代劇復興のためにも喜ばしいことかもしれません。

 

個人的には、岡本綺堂先生の怪談物をコミックにしていただくと、とても嬉しく思います。

 

いえ、いっそ、アタシが、コミックの原作を書いてみてもいいかな、とさえ思っております。

過日ご紹介いたしました、『お主もワルよのぉ』なんて時代劇の決まり文句をタイトルにした作品もございますから、たとえば、

『おやめください!』

『よいではないか』

『そちも承知の上でまいったのであろう』

『クルクルクル〜』

『あーれー!』

『な、何者じゃ?』

『天下御免の向こう傷』

『やっておしまいなさい』

『この桜吹雪をまさか見忘れたとは言わせねえ!』

『地獄へはおれが行く』

なんて、いくらでもでけそうに思いますが、どないでっしゃろ……

しがらみと人脈

《これまでのしがらみを断ち切る政治》

 

というとかっこ良く聞こえますが、たとえば、都民ファーストの会を率いる小池東京都知事の、もはや側近と言ってもいい若狭議員が立ち上げようとする新党は、政治経験のない人たちを集めるしかありませんから、こう言わざるをえないのではないかと思います。

 

国政に限らず、地方政治でもこのような看板を掲げて選挙に出る方が少なからずいらっしゃいますが、現状を見ますと、だいたいにおいてしがらみ政治を批判されている自民党が政権を握っているというのは、どういうことでしょうか……

 

しがらみを断ち切る政治を目指しても、数の横暴で仕切られる民主政治においては、誰であれ、人脈を活用するのは当たり前のことで、いずれはその人脈もしがらみに変わるのではないかと思います。

支援者は、将来のしがらみと言ってもいいかと思います。

 

人間は本来社会的な動物でありますから、持ちつ持たれつの関係が生まれるのは当たり前で、

「しがらみを断ち切る」

なんてことを謳う人は、そのへんのところがよくわかっていないのではないかとも思います。

 

ですから、いっそ、

《古い人脈を断ち切って、新しいしがらみを築く政治!》

なんて、言っちゃったほうが、受けるのではないかと思いますが、どないでっしゃろ……