落語会で酔っ払いがうるさかったら……

過日、某落語会に参りましたおり、

「携帯電話の電源は切ってください」

という、客席に向けてののっけの演者の言葉があってしばらくして、携帯電話の呼び出し音が下座から聞こえてきて、あとででてきた演者が、

「携帯電話の電源を切ってなかったのは、わたくしでございました……」

なんてのご愛嬌でございましたが、開演前からどこぞで聞こし召してお出でになったお客が、演者に話しかけたり、相槌を打ったりしておりましたのには、さすがにいかがなものかと思いまして、アタクシ、

「すみません。もう少し静かにお聞きくださると、アタクシども、たいそう助かります」

と申し上げてしまいました……

 

以前、アタシが音頭を取って開催いたしました落語会で、同じように酔っぱらって高座に話しかけるなどされたお客に苛立った知人が、途中で帰ってしまった、ということがございましたので、ちょういと我慢の足りない行いに及んでしまいました……

 

まあ、演者と客のすべてを否定するつもりはございませんし、立川談志師匠が、いびきをかいて寝ている客を起こした、なんてエピソードもあるようですが、さてさて、どないなもんでございましょうか……

 

え?

あ、はい、もちろん、アタクシのブログに大声でツッコミ入れてくださる分には問題はございません。

女子の方がコミュニケーション能力が高い!

数日前に報じられた某大学の医学部における不公平入試の、

「女子の方がコミュニケーション能力が高い」

という理由説明が波紋を広げています。

 

大方は、

「無意識の偏見だ!」

てな専門家の言葉であるとか、

「なんで女子の方がコミュニケーション能力が高いなんて言えるんや!」

てな客観性について指摘するコメントとか、

「そんなもん、男女差やのうて、個人差やないんかい!」

とか、いずれも批判的な論評のようです。

 

問題になった当初は、

「女性医師が結婚や出産で退職した場合、医師が不足するから……」

だったように思いますが、ここにきて、実はうちも同じ理由でやってましてん、てなことも言えず、そうかと言うて、あとから不公平入試が暴かれでもしたらそっちの方がダメージが大きいてな計算もあって、そしたら、ちょっと理由を考えなあかんな、それには女性の方が男より能力が高い、てなことにしといたら、世の中の女性は喜ぶんやないか、なんて浅知恵から捻り出された理由やないかと、アタクシ、個人的に推量しておりますが、どんなもんでっしゃろ……

 

確かに客観的な検証は必要でしょうが、ほんとうに女性の方がコミュニケーション能力が高いなら、むしろその方が医師としての重要な資質を備えていることになるようにも思います。

 

アタクシも、個人的には女性の方が男性よりコミュニケーション能力は高いと思っておりますが、残念ながら、男性社会で培われた話法しか知らないおっさん連中には、ほんとうの意味で女性のコミュニケーション能力の高さはわからないのではないかと思います。

 

それはさておき、医学部の不公平入試の言い訳として、次は何が出て来るのか、ちょいと楽しみにしております。

 

え?

(いつもとオチが違う!)

 

申し訳ありません。

 

女性のコミュニケーション能力の高さはわかっているのに、アタクシ、女心がわからず苦労しております……

評価されることと人に愛されること

先日、拙ブログに載せました、日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン容疑者の、

〈成功は実績によってしか評価されない〉

という言葉が、世の中を渡っていく上で絶対的である、あるいは幸福な人生を送ることを約束してくれる、というものではありません。

 

確かに、ビジネスにおいては実績がモノを言ます。

それは、アタクシも目にしております。

ある幹部が、社内での自分の勢力を拡大するために、部下を実績の上げやすいように配置転換して引き上げておりました。

 

実績を上げてトップに立った人の中には、自分の過ちに気がついても謝罪しない人がいます。

 

先日、さる忘年会の席で、

「たとえどんな実績を上げても、人に愛されるキャラでないとやっていけないよね〜」

「そだね〜」

てな会話が、女性の間で交わされていました。

 

ゴーン容疑者の言葉は、男社会が築いた物差しでしかなく、結果として、愛されなかったからこんなことになってしまったのかなぁ…… などと思いました。

 

もちろん、実績の上げられないアタクシは、最初から、人に愛されることに重点を置いて日々を生きておりますが、これがなかなかうまくまいりませんところから考えますと、やっぱり世の中は実績を上げて評価されるとともに、人に愛される人間でないといけないんだなぁ……

 

え?

(人に愛されようとする、その根性が間違うてる!)

失礼しました。

魔女の雑草から……

トウモロコシなどの穀物に寄生して栄養分や水分を吸収して枯らしてしまう、〈魔女の雑草〉とも呼ばれる『ストライガ』という、アフリカの寄生植物を、穀物を植える前の土壌にまいて枯らす薬剤を開発したと、名古屋大学の研究グループが発表したとYOMIURI ON LINEに掲載されていました。

 

 

どうして『ストライガ』が〈悪魔〉ではなく〈魔女〉なのか、少し疑問に思ってちょいとネットを調べましたら、かつてジャガイモは〈悪魔の植物〉と呼ばれていたそうですから、〈魔女〉の名が冠せられたのかとも思います。

 

他に、『悪魔の植物人間』なる創作も存在するようですが、病気の奥様のために一日一話創作された眉村卓先生の『僕と妻の1778話 メモリアルセレクション52』(集英社文庫)には、『走る植動物』という一編が収められています。

植物だけど生長すると自ら移動することができるようになるけれど、人間がちゃんと育てないと人間に害を及ぼすという植物です。

これにも、『悪魔』『魔女』の名を冠するべきかとも思われますが、そんな人間の側の勝手で不名誉な称号を与えるのは間違っている、という穿った見方もできるようにも思いました。

 

でも、アタクシたちは、どうして『悪魔』や『魔女』に魅かれるのでしょうか……

2018『やっぱり今年もこの世ものとは思えなかった伝楽亭忘年会』レポート

昨夜は、伝楽亭に恒例の忘年会が開催されました。

 

ここで改めてアタクシがブログでご報告するまでもなく、出席されたゆ乃月嬢が、ライブでネット上に載せられた映像音声を御覧いただければ、どれほどの阿鼻叫喚の世界が繰り広げられていたかということは、一目瞭然でございます。

 

今回は、例年にないすき焼きということで、皆様の飲食のスピードも速く、富くじもサンタクロースのブーツから商品券まで用意されてりましたから、いつも以上に盛り上がり、初参加の皆様は、一般社会から隔絶された世にも奇態な修羅場に驚きながらも陶酔されおられたようです。

 

また、先日、池田で決勝大会が行われました『社会人落語日本一決定戦』で第十代チャンピオンに輝いた、神楽家小粋師も遅ればせながらお越しになり、皆に祝福されていたのを横目に見ながら、

「おれのときは誰もこないに祝福してくれへんかったぞ」

とこぼされた?代目のチャンピオンも……

 

さて、昨日、かかし師、玄関師、圓九師、猿之助師が顔を揃えておりましたので、未定でございました次回の『三題噺の会』(於伝楽亭)を、来年五月六日に開催することになりました。

 

すでに新しい元号に変わって最初になるかもしれない落語会でございます。

よろしければ、今から予定に入れておいてくだされば、幸いに存じます。

今年の漢字は《災》!

公益財団法人「日本漢字能力検定協会」は毎年募集している〈今年の漢字〉、2018年は、

《災》

と、京都清水寺で発表されました。

 

2004年以来、二度目の登場(受賞?)です。

前回は、地震、台風、豪雨に猛暑という天災による被害の他に、人災もあって決定したようですが、今年も、天災による甚大な被害が際立ったようです。

 

この《災》の他に登場回数の多いのが、三回の《金》ですが、2000年はシドニーオリンピックの金メダル、2016年はリオデジャネイロオリンピックの金メダルが日本社会を沸き立たせたためで、オリンピックの金メダルに注目が集まらなければ、他の漢字になっていたかもしれません。

 

ということは、東京オリンピックが開催される2020年の漢字も《金》で決まり、と言ってもいいかもしれません。

 

ただ、悪い予想になるかもしれませんが、今後、《災》が《金》の登場(受賞)回数を上回るかもしれません。

 

でも、幸福なイメージの漢字が選ばれることを願っているのは、アタクシだけではないように思っておりますが、いかがでしょうか……

カルロス・ゴーン氏の、これぞ名言中の名言!

《成功は実績によってしか評価されない》

 

日産自動車をV字回復させたカルロス・ゴーン氏の言葉は、名言としてあちこちで報じられています。

 

《答は会社の中にある》

《あり得ない先にイノベーションがある》

 

会社内で、

「それはあり得ない」

と言われていることにイノベーションの鍵があるということです。

 

《素晴らしい計画は不要だ。計画は5%。実行が95%だ》

 

は、エジソンの、

 

《1%のアイデアと99%の汗》

 

と対をなす言葉かと思います。

 

《国際的に活躍する人の共通点は、時分とは違う人に興味を持ち、共感し、敬意を払う姿勢があるというところだ》

《他人からプレッシャーをかけられたときよりも、自分で自分にプレッシャーをかけて働いている方が、人は遥かに大きなことをやってのける》

 

という言葉は、人間としてどう生きるのがよいか、という一面を表しているかと思います。

 

《経営は車の運転と同じで、助手席に座って見ているのと自分が運転するのとでは全然違う》

 

ということですから、

 

《私にはそれだけの価値がある》

 

というゴーン氏の主張は、アタクシどもにはわからないのかもしれません……