小説の分かれ道

三十代のある既婚女性が、

「先日、学生時代につきあっていた彼氏と、とあるころで再会したときに、『今は幸せかい?』って優しくきかれたの。これって、小説になりそうでしょ」

とおっしゃっていましたが、小説にはなりません。

その女性がそうした小説やらドラマやらをご覧になってきたから、おそらくそう思われたのでしょうが、そうだとすると、世の中に広く知られている設定だということになります。

設定どころか、現実によくある話だと思います。

『事実は小説より奇なり』

ですから、〈奇想天外〉、〈波瀾万丈〉のストーリーを考えて、

「学生時代につきあっていた彼に、『今は幸せかい』と聞かれたそのときは笑顔で頷いたけれど、本当は夫婦仲はすっかり冷めていて……やはり夫婦仲の冷めていた学生時代の彼とつきあうようになり、二人で逃避行の約束を……でも、結局彼はその約束の場所に現れず、事情を察していた夫から離婚を言い渡されて……実は、学生時代の彼は約束の場所に来る途中で事故で亡くなっていたことを数日後に知った彼女は世の無情を儚んで仏門に……しかし、そこで知り合った高徳と称される僧と道ならぬ恋に落ち、やがて二人は逃避行の約束を……」

やっぱりよくある〈荒唐無稽〉なストーリー……

 

いずれにせよ、彼女が笑顔で話している間は、小説にはなりません。

彼女のしゃべらないところに、小説の手がかりがあるように思います。