落語は、人を笑わせるために、いい加減なことばかりを語るものではありません。
いわゆる生活の知恵、人生のためになる諺や慣用句なども数多く出てまいります。
たとえば、
『甘き(うまき)ものを食わす輩に油断すな』
とか、
『丸い卵も切りよで四角』
とか、
『あとの喧嘩を先にする』
とか、
『問うは当座の恥、問わぬは末代の恥』
とか、至極まっとうな言葉がいくつも出て参ります。
創った噺家、あるいは付け加えて噺を膨らませた落語家には、それ相応の教養があったということも言えそうです。
『仔猫』という落語には、
「田下駄を履かす」
なんて言葉が出てまいります。
機械で田植えをする現代で見かけることはなくなりましたが、田下駄というのは、その名のとおり、田んぼで使う下駄です。
これを、
「誰それにこんなことをしてあげた、この人にはあんなことをしてあげた、したげた、したげたで、田下駄を履かせる……」
と、実に巧いことを言うております。
この言葉が現代社会で使われることはありませんが、ビジネス書や自己啓発書なんかで見かける、
「人から受けた恩は忘れず、人に施した恩は忘れよ」
という教えと同じかと思います。
そういう話を職場でして数日後、
「キミには一つ貸しがあったよな」
てなことをアタクシにおっしゃるお方がおられましたんで、
「あんさん、また田下駄を履かせてますやないか」
と、反撃を試みましたとところ、
「田下駄て、なんや」
「そやさかい、こないだ、教えたげた……」
田下駄の履かせ合いをしてしまいました。