一昨日、報告書を職員に代筆させる議員について記しましたところ、留五郎さんより、
「政治(屋)の文章力適性テスト賛成いたします。自分は正しいと確信している輩ほどタチが悪いものはありませんね」
とメールをいただきました。
森友学園の国有地売却問題で、立憲民主党と共産党の議員が、試掘して作成した工事業者の説明を受けたあと発言した内容について、工事業者が、
「正確に引用されておらず、都合よく発言内容を合体したため全く異なる意味内容となっている」
と反論したと、NHKが報じています。
《政治家の命は言葉》
とは、前回も記しましたが、文章力もない輩に政治は任せられませんが、留五郎さんのおっしゃる通り、
「自分は正しいと確信している輩ほどタチが悪いものはありません」
という見本が示されたように思います。
でも、実はここにこそ、人間の人間たる由縁があるようにも思います。
自分にとって都合のいいところだけ受けとって、そうでないところは、勝手な言い訳をこしらえて受け入れようとしないのではないかと思います。
ただ、それをやってちゃってる政治家には、その看板を、バッジを返してもらわないといけないようにも思います。
そんな話を例によって例の友人に語りましたら、
「政治家のバッジには縁のないキミだけど、それ以外の看板やバッジなら、たっくさん返しているはずだよね〜」
と、楽しそうに言いやがりました……